
#041
Gopchang-gui곱창구이
コプチャン焼き
焼き物辛さ 1/5
牛や豚の小腸を食卓でカリッと焼いて食べる料理。
歴史とエピソード
コプチャン焼きが庶民の酒の肴として定着したのには、屠畜場が大きな役割を果たしました。内臓は傷みやすくすぐに処理しなければならないため、その日にさばいた新鮮な副産物を仕入れられる屠畜場の周りに、内臓料理の店が集まったのです。
ソウルのコプチャン通りとして知られる往十里(ワンシムニ)一帯には、1980年代初めからコプチャンの店が一軒、また一軒とでき始めました。近くの馬場洞(マジャンドン)の屠畜場との縁のおかげでした。屠畜場は1998年に閉鎖されましたが、その後も馬場洞の畜産市場とのつながりは続いたそうです。
大邱(テグ)は、コプチャンやマクチャン焼きを全国に広めた町とされています。1970年に屠畜場が市営になると内臓焼きの時代が始まり、1970年代初め、ある食堂のおかみさんがマクチャンをスープにして出したものの評判がいまひとつで、練炭の火に焼き網をのせて焼いてみたら大人気になった、という話が伝わっています。1970年代に前山(アプサン)の渓谷にふたをしてできた安芝朗(アンジラン)市場では、1979年にある店がニンニクや唐辛子粉で味付けしたコプチャンを練炭で焼き始め、今では60軒ほどが集まるヤンニョム(味付け)コプチャン横丁になっています。安芝朗はおもに豚のコプチャンを使い、かつて屠畜場があった中里洞(チュンニドン)のコプチャン横丁では牛のコプチャンが使われてきました。
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